絵を描ける会社員が「イラストレーターとして副業を始めたい」と考えたとき、最初の壁になるのは画力やソフトの使い方ではありません。本業を抱えたまま、自分では動かせない他人の納期に合わせ続けられるかどうかです。ここでつまずくと、実力があっても数か月で止まってしまいます。
この記事は、イラストの副業を「始める方法」ではなく「兼業として続けられる形に設計する方法」に絞ってまとめました。
収益化パターン、制作ツールの選び方、案件を探す場所といった全体像は別記事で解説しています。また、副業収入にともなう税金の手続きは当サイトでは扱っていません。金額や要件の判断は、税務署または税理士にご確認ください。

副業のイラストが、趣味の制作と決定的に違う点
納期が自分の都合では動かせなくなる
趣味の制作は、気分が乗らない日に描かなくても誰も困りません。仕事になると、締切はクライアントの都合で決まります。本業で急な残業が入った週も、体調がすぐれない週も、約束した日には納品しなければなりません。
つまり副業のイラストで管理すべき対象は、絵の完成度ではなく自分が確実に使える時間の量に変わります。受注量を決める基準も、描きたい気持ちではなく、繁忙期を含めた1か月の可処分時間です。
制作時間より「連絡が取れる時間」が制約になる
見落とされやすいのが、描いていない時間の拘束です。仕事のイラストには、ヒアリング、ラフの確認、修正のやり取り、素材の受け渡しといった工程がついてきます。これらはクライアントが稼働している平日の日中に発生します。
会社員が兼業でつまずくのはこの時間帯のずれです。返信が翌日の夜になる前提で進行を組めるか、着手前に伝えられているかで摩擦は変わります。
始める前に確認しておく3つのこと
1. 勤務先のルール(就業規則・労働契約)をまず読む
厚生労働省の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(平成30年1月策定、令和2年9月改定、令和4年7月改定)は、労働者の対応として次のように記しています。
労働者は、副業・兼業を希望する場合にも、まず、自身が勤めている企業の副業・兼業に関するルール(労働契約、就業規則等)を確認し、そのルールに照らして、業務内容や就業時間等が適切な副業・兼業を選択する必要がある。
厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」4(1)
整理すると、副業そのものを禁じる法律があるわけではありません。一方で、勤務先が就業規則で一定の制限を設けることは認められています。この2つは矛盾せず、両立します。同ガイドラインは、厚生労働省が示すモデル就業規則にも「労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる。」との規定があることに触れていますが、モデル就業規則はあくまで例です。実際に自分へ適用されるのは勤務先の就業規則ですので、必ず自社のものを確認してください。
許可制であれば手続きを踏み、制限が設けられている場合は勤務先の窓口に相談するのが筋です。当サイトでは、勤務先に知られずに済ませる方法は扱いません。会社との関係を保つことが、兼業を長期化させる条件だと考えるためです。
2. 会社が制限できる場合を知っておく
同ガイドラインは、裁判例では労働時間以外の時間をどう使うかは基本的に労働者の自由であるとしたうえで、企業がそれを制限することが許される場合として、次の4つを挙げています。
イラストの副業で意識したいのは1つ目と3つ目です。1つ目の「労務提供上の支障」は、副業の疲労で本業のパフォーマンスが落ちる状態を含みます。受注量の設計が、そのまま勤務先との関係の話になるということです。
3つ目の「競業」は、勤務先と同じ市場のクライアントから仕事を受ける場合に問題になり得ます。勤務先が広告や出版、ゲームなどイラストを発注する側の業界であれば、受注先の選び方に注意が要ります。迷う案件は受ける前に勤務先へ確認しておくほうが安全です。
3. 会社の設備・情報・時間を使わない
会社のパソコン、会社が契約しているソフトのライセンス、会社のメールアドレスやクラウドストレージを副業の制作に使わないこと。勤務時間中に副業の連絡や作業をしないこと。業務で知った情報を制作物に持ち込まないことです。
本記事は、民間企業に雇用されている会社員を前提としています。公務員には国家公務員法・地方公務員法にもとづく別の制度が適用され、営利企業への従事などに独自の制限があります。所属先の規程および人事担当窓口にご確認ください。
仕事の取り方3タイプ|両立しやすさで選ぶ
イラストで収入を得る方法は、兼業のしやすさで見ると3つに分かれます。稼ぎやすさの順ではなく、納期を誰が握っているかで並べています。
受注型|納期は相手が握る
クライアントから依頼を受けて制作する形です。作れば対価が発生するため収入の見通しは立てやすい一方、納期も修正回数も相手の都合で決まります。本業の繁忙期と重なったときの逃げ場がありません。
兼業の入口としては、まず1件だけ受けて実際に何時間かかったかを記録することをおすすめします。ヒアリングと修正を含めた実時間が分かって初めて、月に何件受けられるかを判断できます。
ストック型|納期は自分が握る
素材やスタンプなどを制作して公開し、売れたぶんが収入になる形です。締切が外から来ないため、本業が忙しい週は手を止められます。会社員の兼業と相性が良い形式です。
一方で、公開してから収入につながるまでに時間がかかり、作った量に対して対価が出るとは限りません。最初から主たる収入源として当てにするのではなく、受注型と組み合わせる位置づけで考えると設計しやすくなります。
自分の作品を売る|自由度は最大、予測は最も難しい
オリジナル作品をグッズや原画として販売する形です。描くものを自分で決められる点に、他の2つにない価値があります。ただし収入の予測は最も難しく、告知や発送といった制作以外の作業も発生します。
受注型だけで組むと本業の繁忙期に破綻し、ストック型だけで組むと収入が立ち上がるまで手応えを得にくくなります。会社員が長く続ける形としては、受注型を無理のない件数に絞り、余った時間をストック型と自分の作品に回す配分が現実的です。配分は繁忙期に合わせて動かします。

時間と体力の設計|続けられる線を先に引く
「描けた日」ではなく「描けなかった日」を基準に見積もる
受注量を決めるとき、調子が良かった日の作業速度を基準にすると必ず足りなくなります。基準にすべきは、残業で帰宅が遅れた日、疲れて手が動かなかった日です。
おすすめは、副業を始める前の2週間、「その日、副業に使えたはずの時間」を記録することです。これがあると、受注可否の判断が感覚ではなく数字になります。
自分の締切を、相手の納期より前に置く
伝えた納期の当日に完成させる前提で組むと、本業の突発的な予定が一度入っただけで遅延します。自分の中の締切を数日前に置き、その差を本業の不確実性を吸収するための余白として使います。この余白は修正対応の時間にもなります。
体調を崩す前の線引きを、あらかじめ決めておく
前掲のガイドラインは、労働者の対応として、副業・兼業による過労によって健康を害したり業務に支障を来したりすることがないよう、自ら業務の量や進捗状況、それに費やす時間や健康状態を管理する必要があると記しています。イラストの副業は座位で長時間続けやすく、睡眠時間を削る形になりやすい点に注意が要ります。
「この状態になったら次の受注を止める」という条件を、元気なうちに決めておいてください。判断力が落ちてからでは線を引けなくなります。
眠れない、気分の落ち込みが続く状態が改善しない場合は、まず医療機関にご相談ください。働くことに関する心の相談先には、厚生労働省の委託事業「働く人の『こころの耳電話相談』」(0120-565-455)があります。受付は平日17時から22時まで(受付は21時50分まで)、土曜・日曜は10時から16時まで(受付は15時50分まで)で、祝日、振替休日、年末年始(12月29日〜1月3日)は休止です。2026年1月より、発信者番号を非通知とする電話は受け付けられません。非通知設定の場合は電話番号の前に「186」を付けてかけ直す必要があります。公式サイトには「プライバシーは厳守いたしますので、どうぞ安心してご利用ください。」と記載されています。詳細はこころの耳の公式ページをご確認ください。
受けない判断をした方がよい依頼と、その断り方
兼業を続けられるかどうかは、何を受けたかより何を受けなかったかで決まります。判断基準を先に持っておく価値があります。
本業の繁忙期に重なる納期
決算期、異動期、担当プロジェクトの山場など、自分の本業のカレンダーは事前に分かっています。その期間に納期がかかる依頼は、報酬に関係なく見送るか納期の変更を相談します。ここで無理をすると本業側に支障が出て、副業を続けること自体が難しくなります。
権利の扱いが決まっていない依頼
納品したイラストを、どの範囲で、どのくらいの期間使うのか。著作権を譲渡するのか、利用を許諾するだけなのか。制作実績として自分のポートフォリオに掲載してよいのか。これらが決まらないまま着手するのは避けてください。
契約の内容は案件ごとに異なり、記事で正解を示せる領域ではありません。条件の意味が読み取れない場合や後から条件が変わった場合は、弁護士など専門家にご相談ください。
報酬と修正回数が文面にない依頼
金額、支払時期、修正が何回まで料金に含まれるか。この3点が文面に残っていない状態は、認識のずれが起きたときに支えがありません。メールやメッセージのやり取りでもかまわないので、着手前に文字で確認しておきます。
断るときは短く、代替案を1つだけ添える
長い説明は要りません。理由をひとつ、可能なら代替案をひとつ。これで十分です。
「ご依頼ありがとうございます。恐れ入りますが、ご希望の◯月◯日の納期に対して、現在の稼働状況では品質を確保できる見込みが立ちません。◯月◯日以降の着手であればお受けできますので、ご検討いただけますと幸いです。」
本業があることを伝えるかは相手との関係によります。伝えない場合でも「稼働状況」という表現で説明は成立します。
著作権まわりで慎重に扱いたいこと
既存キャラクターの二次創作を仕事にすること
既存の作品やキャラクターをもとにしたイラストを、対価を得て制作・販売することは、権利者の許諾が必要になる場合があります。作品ごとに二次創作の取り扱い方針は異なり、非営利であれば黙認されている場合でも、営利になると扱いが変わることがあります。
当サイトでは、既存キャラクターの二次創作を営利目的で行うことをおすすめしません。副業の柱にするなら、権利関係が自分の側にあるオリジナル制作を土台にするほうが長期的に安全です。
AI生成画像を納品に含めるかは、事前の取り決めが要る
画像生成AIを制作工程に使うことについては、法的な評価がすべて定まっているわけではなく、議論が続いている論点が含まれます。この記事で是非を断定することはしません。
実務として確実に言えるのは、クライアントとの取り決めが必要だということです。生成AIの使用を禁じている発注元もあれば、工程の一部での使用を認めている発注元もあります。使うのであれば着手前に使用の有無と範囲を伝え、相手の合意を得ておいてください。伝えずに納品して後から判明する形が、最も関係を損ないます。
兼業を続けた先にある3つの選択肢
イラストの副業は「いずれ専業になるための助走」だと語られることがありますが、選択肢はそれだけではありません。当サイトはキャリアメディアとして、続けた先を3つの方向で捉えることをおすすめしています。
1. 副業のまま長く続ける
本業で生活の基盤を確保したまま、描く仕事を持ち続ける形です。収入源が2つあることは、本業側の環境が変わったときの選択肢を広げます。描く内容を自分で選べる余地が残るのも、専業にはない利点です。この形を「中途半端」と捉える必要はありません。
2. 専業に移ることを考えるなら
専業への移行を検討する場合、判断材料は「1件あたりの報酬」ではなく収入が続いているかどうかです。前掲のガイドラインも、労働者にとってのメリットのひとつとして、本業を続けつつリスクの小さい形で将来の起業・転職に向けた準備・試行ができる点を挙げています。兼業の期間は、この検証のための時間だと位置づけられます。
継続して依頼が来るクライアントがいるか、繁忙期を含む期間で受注が途切れなかったか、体調を崩さずに稼働できたか。こうした点を少なくとも1年単位で確認してから判断しても遅くありません。
3. 本業側に還流させる
見落とされやすいのがこの道です。イラストの副業で身につくのは画力だけではありません。クライアントの要望を言語化して形にする力、進行を管理する力、修正のやり取りを進める力は、本業の企画職や広報職でそのまま使えます。
副業を職務経歴として説明できる形に整理しておくと、転職時の材料にもなります。

まとめ|設計してから描き始める
- 副業のイラストは、納期と連絡時間が他人の都合で決まる仕事である
- 始める前に、勤務先の就業規則と労働契約を自分の目で確認する
- 受注型・ストック型・自分の作品を売る形は、納期を誰が握るかが違う
- 受注量は「描けなかった日」を基準に決め、締切は相手の納期より前に置く
- 権利の扱いと報酬・修正回数が文字で確認できない依頼は着手しない
- 続けた先は「副業のまま」「専業へ」「本業へ還流」の3方向がある
描き始めること自体は今日からでもできます。難しいのは、本業を持ったまま来月も再来月も続けることです。受注量、締切、断る基準を先に決めておくことが、その差を作ります。
イラストレーターの副業に関するQ&A
- Q会社が副業禁止の場合、イラストの仕事はできませんか?
- A
まず、勤務先の就業規則と労働契約の実際の記載を確認してください。全面禁止なのか、許可制なのか、条件付きで認められるのかは勤務先によって異なります。制限が設けられている場合は、人事や上長に相談するのが筋です。厚生労働省の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」も、労働者はまず自身が勤めている企業のルールを確認する必要があるとしています。
- Q平日の夜と週末しか時間がありません。それでも受注できますか?
- A
時間帯そのものより、連絡と納期の条件を事前に共有できているかが重要です。「返信は平日の夜と土日になります」と着手前に伝えたうえで、その前提で問題ない相手と組む形にします。急ぎの案件が中心の発注元とは条件が合いにくいため、納期に余裕のある依頼を選ぶか、締切を自分で決められるストック型を組み合わせる設計が現実的です。
- Q副業で描いた作品を、ポートフォリオに載せてもよいですか?
- A
掲載の可否は契約内容によって異なります。実績公開が認められている場合もあれば、公開時期に制限がある場合、公開自体が認められない場合もあります。着手前に「制作実績として掲載してよいか」「掲載できる時期はいつからか」を確認し、文字で残しておいてください。条件の解釈に迷う場合は、自己判断で公開せず発注元に確認するか、専門家にご相談ください。
- Q本業が忙しくなり、納品が遅れそうです。どう対応すべきですか?
- A
気づいた時点ですぐ連絡してください。納期の当日や前日の連絡は、相手側の進行にも影響します。連絡の際は、遅れる見込みだけでなく「いつなら納品できるか」を具体的な日付で示すと相手が判断できます。遅延が続くようであれば、受注量の設計自体を見直す段階です。次の受注を止めて、現在の案件を終わらせることを優先してください。
- Q副業のイラストは、転職のときに実績として使えますか?
- A
説明できる形に整理してあれば材料になります。ただし作品を並べるだけでは伝わりにくいため、どのような要望を受けて、どう解釈し、どんな進行で形にしたかを言語化しておくことをおすすめします。デザイン職以外でも、要望の言語化や進行管理の経験として説明できます。公開可否は契約によるため、掲載できない案件は内容を伏せた形で経験として説明してください。
参考にした一次情報
- 厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(平成30年1月策定/令和2年9月改定/令和4年7月改定)ガイドライン本文(PDF)(参照 2026-07-21)
- 厚生労働省「副業・兼業」(参照 2026-07-21)
- 厚生労働省「モデル就業規則」(参照 2026-07-21)
- 厚生労働省 こころの耳「働く人の『こころの耳電話相談』」(参照 2026-07-21)
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